☆この道の歌
(中部創価学会愛唱歌)
三重には、もう一つ、歌の思い出がある。第一次宗門事件の最中の、昭和五十三年の四月二十三日、三重の研修道場内の白山公園で開催した、「三重文化合唱祭」のことである。
演目は進み、やがて婦人部の「青空合唱団」の「今日も元気で」になった。
♪ あかるい朝の
陽をあびて
今日も元気に
スクラムくんで …… ♪
彼女たちの歌声は、春の空に凛々と響き渡った。
聴き入る同志もみな、一緒に口ずさんでいた。
特に、「うれしい時も かなしい時も かわす言葉は 先生 先生 われらの先生」の個所に至ると、歌声は一段と力強さを増した。
――実は、私が三重に到着して間もなく、三重の婦人部のリーダーが思いつめた表情で訴えてきたのである。
「先生の前で『今日も元気で』を歌わせてください!」
この歌は、私と共に戦わんとの健気な心意気を歌った、婦人部の愛唱歌である。
しかし、この当時は、例の反逆者に操られた坊主らが、私と学会の非難中傷に狂奔していた。
ことに三重の寺は、全部がそのどす黒い一派であった。
暗い狂気じみた時代であった。
それでも学会は、僧俗和合を願って、合唱祭には坊主も招待していた。
このため、坊主を刺激してはまずいと考えてか、この晴れやかな合唱祭では「今日も元気で」の歌をわざわざ歌わせない方向に決まったようだ。
だが、婦人部は「どうしても歌いたい!」と。
婦人部は強い。こうと決めたら、一歩もひかない。
英国の作家スコットは、作中の女性に語らせている。
「その目的の正しいことを知り、そして心を強くしておくことが、いちばんこんなんな日の仕事をやりとげる道なのです」(玉木次郎訳)
学会には、学会の行き方がある。時代がどう動こうが、これだけは譲れない。
そういう誇りを失ったら、牙を抜かれた師子のようなものだ。
その学会精神の根幹が、師弟の魂である。
師と弟子が、心を一つにして叫び、戦わねばならない。
それでこそ真の師子である。
あの日、あの時の歌声は、師弟共戦の叫びとなり、三重の大空に舞ったのだ!
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