師子王の心

師子吼

師子王の心とは、一言でいえば、

先生の琴線に触れるという事です。先生の心のひだ、心を感じるという意味です。

師匠の心こそ、師子王の心そのものです。

自分の心を先生の心に合わせて戦う広布の姿の中に、自分自身が師子王の心となれるのです。

御義口伝(おんぎくでん)に伝(いわ)く、

「第五作師子吼 (だいごさししく) の事」の中に師子吼とは南無妙法蓮華経の題目を師匠が受けた妙法と、弟子が授かった妙法を、師弟共に唱える音声(おんじょう)である。とあります。作 (さ) とはおこすと読むなり、です。行動を起こすという意味です。

師匠と弟子が一緒になって唱える音声。これを師子吼と表現されました。

その音声。南無妙法蓮華経の題目を師弟が一緒になって共々に、広宣流布の戦いを起こすのです。「声、仏事を為す」は、祈りの信心から発する一切の音声です。誓願の祈りから発する折伏の声です。

「誓願の祈り」とは人類に “この妙法を広宣流布しよう” というの大きな願いです。この生命に含まれる”大きな願い” の中には自分自身の一切の願いも全て含まれるのです。これが師子王の心で戦った姿と言える。

ゆえに、「広布大願の誓い」を、君自身の祈りと行動に移す時、自分自身の小さな祈りは全て叶うのです。

 

 

※御義口伝・・・・・後継の弟子に指名された日興上人が、日蓮大聖人の口述された講義・指導を後世の為にメモした内容を口伝(くでん)として集大成したものです。大聖人の御書と合わせて、大聖人の遺言として現代に伝わっています。