良書をとの語らい

良書との語らい

心の大富豪の君へ

「読書の喜び」を知ってる人と知らない人

とでは、人生の深さ、大きさが、

まるっきり違ってしまいます。

一冊の良書は、

偉大な教師に巡り合ったと同じです。

読書は人間だけができる特権であり、

いかなる動物も読書は出来ない。

自分の人生は一回きりだが、読書によって、

何百・何千のほかの人生に触れることができるし、

2千年前の賢者とも、お話が出来ます。

多くの偉人は必ずと言っていいほど若い時に「座右の書」をもっていた。

それは、自分を励まし、リードするとともに、自分の親友であり、師匠と言える。

しかし、読書もそれなりの努力・挑戦・忍耐があって、

初めて「喜び」がわかってくるのです。いったん、その喜びを知った人は強い。

「本が友だち」になった人は強い。なにしろ古今東西の精神の「宝」を、

自由自在に味わい、くみ取り、使いこなしていけるのだから。

その人こそ、「心の大富豪」です。

人生の時間には限りがある。ゆえに、良書を読む事です。

良書を読む時間を作るには、悪書を読まないようにする以外ない。

悪書は、自分の心の中に、地獄というこれ以上のない最悪の苦しみや

餓鬼という貧欲な感情、畜生という愚痴の心、

修羅という怒りの命を湧きいだせる内容であり、

卑しい悲劇をもたらす、毒薬・麻薬のようなものです。それに対して、

良書は、幸福の向上と、知性と創造の方向に命を導き、

思想・人生を建設する健全さがあるのです。

どんなに読んでも、勉強しても、「もうこれで良い」とは言えない。

21世紀の大樹 (だいじゅ) となるべき君たちです。

今のうちに、どれだけ「心の大地」を読書によって耕したか。それで決まってしまう。

十分に耕され、養分を豊かにもった大地であれば、大樹は、いくらでも伸びていける。

みんな自分の中に無限の「可能性の大地」をもっている。

その大地を耕す「鍬(くわ)」が読書なのです。今の若い時に、

良書を読む習慣を作るべきです。そうしないと人生の後半になって、後悔してしまう。

自分は、精いっぱい読書に挑戦しきった。

「もうこれ以上読めない」「もうこれ以上勉強できない」。

そう言い切れる20代の青春であって欲しいのです。