御書と師弟 第1回 三変土田 (上)

沖縄研修道場

沖縄SGIの心は政治の世界にも強い信念で戦い続けています。
会員の師弟の絆と”戦争絶対悪”という、ウチナーンチュ(沖縄人) の心は正邪の判断はあまりにも明確です。自公連立政権の大義名分は歯牙にもかけませんよ。

池田名誉会長講義 御書と師弟 第1回 三変土田 (上)

『心の一法より国土世間も出来する事なり』 御書 総勘文抄 P563
との御聖訓は、仏法の奥義です。「一念」は即「三千」の次元に広がる。人間の「心の一法」のあり方しだいで、国土が善くも悪くもなる。
人類の精神史は、この「心の一法」の探求の歩みでもあったといって過言ではない。戦争も、飢餓も、地球環境の問題も煎じつめれば、すべて人間の「心の一法」に帰着するからです。

3回にわたる浄化

さて「三変土田 (さんぺんどでん)」とは何か。これは、今いる国土を仏国土に変えていくという変革の法理です。「三変」とは、三度にわたって変えること。
「土田」とは、国土・土地・場所の意味があります。
法華経には「虚空会の儀式」が説かれます。すなわち、輝きを放つ巨大な宝塔が大地から出現し、全宇宙から諸仏が集まって、虚空(空中)で釈尊の説法が行われます。
ところが、最初は、宝塔の中にいる多宝如来は姿を現しませんでした。宝塔の扉は固く閉ざされたままです。この扉を開く条件として、諸仏が来集することが必要であった。そのためには、仏が集うにふさわしい国土(仏国土)に清めることも必要となる。そこで釈尊が、三回にわたって国土を清めたことを「三変土田」というのです。

一回目―釈尊は眉間から光を放って、無数の国土にいる仏たちを見ました。それぞれの国土では、さまざまな仏と菩薩が妙音をもって法を説いていた。この仏たちが、それぞれに従う菩薩に「私は今、まさに娑婆世界の釈尊の所へ行く!そして多宝如来の宝塔を供養するつもりだ」と告げる。
宝塔が涌現したことを知るや、釈尊と多宝如来にお会いするために、無数の仏たちが続々と結集してくるのです。
無数の国土とは、現代的に言えば他の無数の星々といえるかも知れない。宇宙のすみずみで活躍してきた諸仏が、弟子たちを引き連れて、この地球上の霊鷲山に集ってくるのです。なんと雄壮なスケールでしょうか。
この仏菩薩を迎えるために、釈尊は大地を瑠璃で彩り、宝の樹で荘厳しました。
芳しい香りが広がり、曼荼羅華で敷き満たされます。この浄土に大宇宙から集まった諸仏は、一人ずつ「獅子の座」に座る。これが一回目の儀式です。

二回目―最初の浄化が行われても、全宇宙からやってきた諸仏は膨大な数で収まりきれません。そこで釈尊は、さらに八方のおのおの二百万億那由他もの国土を浄めます。それから無数の国土は、すべてつながって、想像を絶する広大な一つの仏国土が出現します。
しかし、それでも、全宇宙の仏が集まるには十分な広さではなかった。

三回目―二回目と同様に、八方のおのおの二百万億那由他の国土を浄化し、すべての国土がひと続きとなった、さらに壮大な仏国土が出現します。
三回目の浄化の結果、この娑婆世界と、合わせて八方の四百万億那由他もの国土が全部一つの仏国土と化して、そこに十方の分身仏が満ちあふれるのです。
これで条件が整い、ついに宝塔の扉が開かれます。多宝如来が見守る中、大衆が空中に導かれ、虚空会の説法が始まる。
釈尊は大音声で告げました。「誰か能く此の娑婆国土に於いて、広く妙法華経を説かん。今正しく是れ時なり」未来の弘教の呼びかけです。

未来を担う人材群

「三変土田」の本質とは、宇宙の広がりをもって、無数の弟子が勇んで師のもとに馳せ参じる荘厳な師弟のドラマといってよい。ここから、遠大な未来の広宣流布へ誓願の人材郡が打ってでるのです。
師弟こそ、一切の原点です。
師弟こそ、勝利の源流です。
この虚空会の儀式の開幕は、法華経の「本門」への起点となっています。久遠の師弟が織りなす「本門の舞台」を開いたのが、この「三変土田」です。
仏眼・法眼で見れば、今、日本そして世界のあらゆる所で、仏国土が築かれつつあります。絢爛たる民衆凱歌の「本門の舞台」が実現しているのです。
いよいよ、「本門の弟子」が躍り出る時代が到来しました。
2008-12-11 聖教新聞掲載