朗らかに仏法を語れ 2

できなくても朗らかに

一人の人を折伏することが、

どれほど大変なことか。

妙法は「難信難解 (なんしんなんげ)」

ある通りである。

だからこそ、これ以上に尊い、偉大な行動はない。

私も、なかなか、できなくて苦労した。

でも、同志と「今、一人の人が入会せずとも、

幾百千万の人々が、我らを待っている」と励ましあいながら、悠々と対話を進めてきた。

折伏は、できても、できなくても朗らかにやりなさい。

皆に最高の希望と勇気を贈る対話なのだから。

そもそも、人を救おうとして悩むなんて、すごいことではないか。

それ自体、地涌 (じゆ) の菩薩 (ぼさつ) の悩みであり、仏の悩みである。

御本尊を持 (たも) たせることは、その人の家に大聖人をご案内することにも等しい。