家族葬と一般葬との大きな違いについて 第一章2

家族葬と一般葬との大きな違いについて

<告知する範囲の人達をどこまでにするか>


前述したのが家族葬の定義とすれば、「一般葬」は 

家族・親族に加えて一般の方にも告知して弔問に来て頂くという事でしょうか。 

これが習慣としての葬儀の考え方です。 

葬儀の日程と場所を一般の方には告知しないか、 

また告知したとしても「家族だけで行う」とのお知らせで行うのを家族葬。 

また家族・親族以外にも告知するのを一般葬とも分けられます。 

葬儀式に参加する人の人数の多い少ないで、 

家族葬や一般葬のそれとも違いもありますが、 

後述する式の内容をどうするかでも大きな違いに分かれます。 

今までのお葬式というと、 

結婚式と違って葬儀の弔問のお客様をこちらより選択出来ない、という習慣でした。 

これは「葬送の儀礼としての習慣」ですが、 

ここ数年の間に社会の構造の変化と個人としての価値観の変化でしょうか、 

その儀礼に対する捉え方・葬儀の宗教観などによって 

出す側の意識が大きく変わって来ています。 

亡くなった事を告知した以上、当然ながらそれを知った知人・友人または、 

勤務先・取引関係者等が「葬儀に行く・行かない」は相手の自由なのです。 

一般的な葬儀は、 

人が亡くなると家族や故人に対して哀悼の意を捧げる為に 

その葬儀式場や自宅まで足を運びます。 

それが多くの方の儀礼の心ですし、今後ともその心は変わらないと思います。 

多くの葬儀式では家族が身内の死を秘密にする場合を除いて、 

普通は知り合いの方に自然に本人の意思とは関係なく知られてしまいます。 

さらに葬儀を出す側の家族の側はその弔問のお客様の対応に追われます。 

それは、家族葬で行いたいと思ってその内容で葬儀の準備をしても、 

それの意思が弔問のお客様に伝わってない場合が多いからです。 

葬儀社も家族の方がそれを希望するのであれば、 

これをアドバイスしなければなりません。 

このように、家族葬としての意思表示と、 

かつその意思を告知するのが家族葬と一般葬の大きな違いです。 

家族だけで送りたいと願っても、事情が許さない場合もあるでしょうから、 

後述しています「自由な形としての葬儀」の出し方で選択の幅は広がります。 

葬儀に関する知識を深める事は「臨終の時」を真正面から捉えることですので、 

今を生きる私たちに強い精神力を与えます。 

これが価値ある選択だと思います。 

その知識が無い場合は、 

最後のその瞬間に「想いと違った形の葬儀式」になる可能性が高いです。 

新規参入の葬儀社が増えていますので、 

経験不足から来る家族の方の事情を知るポイントや、 

また家族の側もそれをお話する意味が解らない場合があるからです。 

葬儀社からの説明不足や家族の思い込みが大きな原因です。 

例えば家族葬としてその準備を葬儀社に依頼した場合、 

一般弔問用のお焼香や案内人の配置、 

さらには弔問のお客様用の通夜料理をはじめ、 

会葬の返礼品の用意はしないのが普通の家族葬です。 

その家族葬のひとつの形態を取りながらも、 

もしも一般焼香のお客さまが来た時、 

失礼の無いように手配と気配りをするのが葬儀社からのアドバイスです。 

それを用意してないと習慣としての儀礼を欠く場合があるからです。 

よく「思っていた以上に来てもらって有難たかった」云々と言われる葬儀は、 

それなりの準備と手配をしている葬儀に向くのです。 

それは一般葬に限らず、家族葬でも、 

もし弔問の方が見えたら失礼にあたるからこれだけは最低限準備をしようなど、 

葬儀社との打合せが大切です。 

これが標準的な家族葬ですが、 

その葬儀社からのアドバイスが無くても良いように 

第二章では葬儀そのもの「執行マニュアル」として述べていますので、 

その選択も可能です。 

純粋な意味での家族だけで送りたい事を前提に書いています。 

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